インドの飲料水事情
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インド人と水
インドのヒンドゥー教において河川は崇拝の対象である。「インド」と聞いて、ガンジス川で沐浴するインドの人々を想像する方も多いだろう。インド人にとって川は生活の一部なのだ。
一方で近年、ガンジス川をはじめとした、インドの河川の水質汚染が深刻な問題となっており、川に入って体を洗う沐浴行為自体が重大な健康被害を与える恐れがある、と指摘されている。
筆者もインド滞在の経験があるが、水道水を口にしてしまったときのあの感覚は忘れられない。何とも言えないしょっぱさと泥水のような濁った水。それ以来シャワーの後もミネラルウォーターで口をゆすぎ、歯磨きも浄水器の水を使うようにしていた。気を抜くとすぐにお腹の調子が悪くなるのがインドである。皆様もインドに行く際は是非気を付けていただきたい。
本コラムでは、インドの「水」に着目し、問題点、企業の取り組み、課題について考えてみたい。
インドの水をめぐる問題の背景
インドの水をめぐる問題は量と質の二つの面がある。インドは利用可能な水量が人口に対して不足している。国民一人当たりの再利用可能な水の量は、日本が3373㎥であるのに対し、インドは1427㎥(2017年, 国連食糧農業機関、AQUASTUT)と非常に少ない。水が貴重であるために、南アジアでは水利権をめぐる国家間、州間の争いも絶えない。
水質汚染も深刻である。日本の場合、下水処理の技術が発達していて、水の再利用など、効率的な水の利用が可能である。
一方でインドの場合、下水処理技術が未熟で、そもそも整備されていない地域も多い。生活排水などは未処理のまま川に垂れ流しになる。川の自浄作用の限度を超えた水利用により、川の汚染が進んでいく。
どうしたらこの問題を解決できるだろうか?
上水道と、下水道の二回に分け、第一回目の本稿では、上水道に着目し、飲料水の処理(浄水)について触れる。
インドにおける上水道の整備状況
インドの上水道、飲み水の整備に関しては、様々なデータがあるが、世銀のデータベースでは、人口の9割以上(92.7%, 2017年, The World Bank Data)が必要最低限レベルの水道設備を利用しているとされている。一方で、給水時間が制限されており、水道設備の劣化による水質汚染が深刻である。なお参考までに、日本の水道普及率は98%(2018年, 厚生労働省)である。
インド連邦政府は安全な水の確保を重要な政策課題に位置付け、モーディー現政権の任期である2024年までに、すべての世帯に水道を敷設(蛇口の設置)する計画を打ち出している。
首都のデリーでは、83.42%の世帯が水道に接続している。(2018-19年, デリー首都圏経済調査)
デリーの浄水場は、2011年に6か所だったものが2020年現在9か所に増え(デリー水道局)、再処理設備や、用水路の増設に着手している。また、デリー水道局は下水再処理場(300万ガロン/日を目指す)およびアンモニア除去プラントの建設や、雨水の農業利用にむけた広報活動、公共のバス停への浄水・冷水器の設置などを将来的な計画として打ち出している。
日本も、インドのこのような安全な水の確保に援助を行っている。有償資金協力として、デリーにおける老朽化した上水道設備の更新をサポートしている。このような取り組みにより、24時間の安定した給水と水質の向上を目指している。
行政の努力により、水質は近年、向上傾向にあり、直接飲んでも健康に問題はないとデリー水道局は発表している。しかしその信頼性に疑問を投げかけるような報道も散見される。
インドで上質な飲料水を得るためには
安心でおいしい水を得るためには金を払わなければならないという意識は、中間層以上を中心に共有されている。一方で、低所得者層は依然として飲み水を得ること自体が難しい状況にあり、手に入れたとしてもその水質は満足できるものとは言い難い。
では、人々はどのようにして安全な飲み水を確保しているのだろうか?
中所得者層以上の家庭や、レストラン、オフィスなどでは、ペットボトル入りの市販の飲料水に加え、ウォーターサーバー、浄水器の導入が進んでいる。用途に応じて浄水器とウォーターサーバーを使い分ける家庭も少なくない。
1)ウォーターサーバー
ウォーターサーバーは、20リットルのボトルをサーバーに取り付けて使用するタイプが一般的である。底部に冷蔵庫機能がついているモデルが人気である。サーバー自体の価格は一万円程度が主流である。
サーバー上部に乗せる水入りのタンクは、街中で購入することができ、都市部ではデリバリーも発達している。ウォーターサーバーの場合、タンクの汚れが少し気になるかもしれない。また、次に紹介する浄水器よりは水質が少し落ちる。
日本では、サーバーレンタル料を無料にし、タンクの水の料金を定額制にするなどの方法がビジネスモデルとして一般的であるが、インドの場合、サーバーを家電量販店等で購入し、水のボトルは市中の店などから自分で手配する。
ウォーターサーバービジネスにはBlue StarやVoltasなど多くのインド企業が参入している。
2)家庭用浄水器
インドで代表的な浄水器のタイプには、RO膜(逆浸透膜)、UF(ウルトラフィルター膜)、UV(紫外線による浄水)など電力を必要とする高価格なもののほかに、砂ろ過などを利用した電力を必要としない低価格帯のものなどがある。
日本の家庭用浄水器市場では、中空糸膜などを利用したものが一般的であるが、インドでは、RO膜を利用したモデルは中間層、富裕層を中心に人気がある。ハイエンドモデル(7万円程度)の中にはRO、UF、UVなど複数の浄水機能を組み合わせたものや、TDS(総溶解固形分)コントロール機能を搭載したモデルも存在する。
低価格帯では、タタ・ケミカルズ(タタ財閥のグループ会社)が提供するタタ・スワッチ(「スワッチ」はヒンディー語で、清潔な、という意味)が有名である。タタはこのような低所得者層向けモデルから、ハイエンドまで幅広く取り扱っている。
浄水器の主なメーカーとしては、インドのKent RO Systems、Blue Star、Eureka Forbes、タタ・ケミカルズや外資系メーカーのLG、AO Smith 、Hindustan Unilever(インドユニリーバ)などである。LGは、ハイエンドモデルに絞った戦略をとり、高性能な浄水機能(5段階のROシステム)に加え、浄水後のタンクにステンレス(従来はプラスチック製)を採用することで、衛生的な水の貯蔵をアピールし差別化を図っている。
日系企業進出のカギとは?
近年のインドの経済発展による所得の向上によって、より安全で美味しい水のニーズは高まっている。中長期的には、浄水場の改良により水質の改善が進むものの、短期的には、中間所得者層以上を中心にウォーターサーバーや浄水器のニーズが高まることが予想される。
日本の高度な浄水技術、ブランド力を武器に、インド市場で戦うためには、現地の水質に対するニーズや許容価格帯の把握およびサプライチェーンの構築など、幅広い視点で戦略を立てる必要があることはいうまでもない。
(2020年9月)
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