各国情勢コラム
Column

シンガポールで進む 教育×テクノロジー=エドテック

日本の進まない教育ICT化

 「日本の教育領域におけるICT化が遅れている」などと最近よく耳にする。2018年に行われたOECDが進めているPISA(Programme for International Student Assessment)と呼ばれる国際的な学習到達度に関する調査によると、日本は授業中のデジタル機器使用時間がOECD加盟国の中で最下位だったように、日本の遅れは顕著である。そこで、「教育のICT化」を表す言葉として「EdTech」という造語がある。EdTechとは、教育を表す「Education」と、科学技術を表す「Technology」を合わせたものである。EdTechには教材や学習プラットフォーム、学習管理ツール等、幅広い種類があり、学習者と指導者どちらにもメリットがあることからその需要が高まっている。なぜEdTechが注目されているかというと、学習者へのメリットがとても大きいためである。例えば、教育格差を解決する可能性がある。従来の教育だと先進国や発展途上国の教育の質の差、家庭の経済状況、居住地域や環境、民族・社会階層・性別による差別などによる原因で教育機会の格差がある。だが端末さえあれば、だれでもいつでもどこでも学習する機会が得られる。それだけでなく、学習者が個々のスピードで取り組むことができるため理解するまで時間をかけて学ぶがことでき、反対に、理解している分野はどんどん先に進めることも学習者にとっては大きなメリットになる。「個別最適化された学習」(アダプティブ・ラーニング)が可能になる。また、教材制作や生徒の学習管理といった業務をサポートするツールを活用することで教員の負担軽減に繋がることも期待されている。

 実際に日本政府も国を挙げてEdTech支援や政策を行っている。「EdTech導入補助金2022」や「GIGAスクール構想」という一人一台の端末と教育ICT環境の整備を進めることを目標としたものなどが挙げられる。前述したが、2018年のOECD生徒の学習到達度調査(PISA)の学校の授業におけるデジタル機器の使用時間はOECD加盟国で最下位だった。2022年の調査結果を見ると、「学校でのICTリソースの利用しやすさ」という指標ではOECD加盟国29か国中5位であった。しかし、「ICTを用いた探究型の教育の頻度」という指標では29か国中29位の最下位であった。積極的にEdTech並びに教育のICT化を進めているが、いまだ世界から遅れをとっている状況である。

EdTechが進むシンガポール

 2022年に行われたOECD生徒の学習到達度調査(PISA)の結果で「数学的リテラシー・科学的リテラシー・読解力」の3分野ですべて1位となったのがシンガポールである。ちなみに日本は、数学的リテラシーが5位、科学的リテラシーが2位、読解力が3位となり、全分野5位以内で好成績だった。そんな教育面での成績が良いシンガポールは、スタートアップ企業のパラダイスと言われているほど世界でも起業しやすい国である。その理由は、透明で効率的な法律、通信インフラが整備されており、税制が低い等が挙げられる。よってシンガポールにはスタートアップのEdTech企業も多く存在する。

 

日本とシンガポールのEdTechツールの比較

 ここでシンガポールのスタートアップのEdTech企業と日本のEdTech企業を少し見比べてみようと思う。まず初めに日本のEdTech企業の学習管理ツール「スタディプラス」から見ていく。スタディプラスは2010年設立、2023年に累計会員数800万人を突破し、大学受験生向けである。指導者側(学校側)の機能は、学習計画の記録の作成、学習者の教室の入退出記録、学習者の学習状況を把握、チャット機能等がある。特に学習者の学習状況に関しては、ヒートマップビューやタイムラインビューなど情報をビジュアル化して表示可能である。学習者側の機能は、とてもシンプルで学習時間や内容の記録、参考書管理やレビュー閲覧ができる。全体を見てシンプルで使いやすそうな印象を持つツールである。

 続いて、シンガポールのEdTech企業の同じく学習管理ツール「Cialfo」を見てみる。Cialfoは2017年設立し、50か国1,000校以上の高校で31万人が利用しており、世界2,000校以上の大学と提携している。こちらもスタディプラスと同じく大学受験生向けである。指導者側(学校側)の機能は、共有フォルダを制作して学生をグループに振り分け課題を掲示・送信できる。また、志願者・学生を分析し、モデル生徒の作成やそのデータを使用して採用効率化、ほかにも統一された簡単なフォームに記入をして願書や申請などの情報をまとめるシステムがある。Cialfoは学習者側の機能がより充実していて、願書・履歴書などを登録プロフィールから抽出し簡単に作成でき、それを複数の大学に一斉送信することができる。また、世界の大学入学要件や入試傾向等をまとめており、有益な情報収集をすることもできる。大学選択のサポートも充実しており、このツール内で興味のある大学に自ら直接交流やコンタクトを取ることが可能で、オープンキャンパスやイベントの参加申請、パンフレット請求もできる。事務作業や情報収集が同じツールでまとめてできるのは、忙しい学生にとって、とても便利なのではないだろうか。

 このように比べると少しタイプの違う学習管理ツールではあるが、Cialfoの手厚い大学進学へのフォローがあるツールは需要が高いだろう。だが個人情報の取り扱いの問題もありハードルは高い。

日本とシンガポールのEdTech共同研究

 やはりEdTech技術に関しては、シンガポールをはじめとして様々なデジタル先進国と呼ばれるアメリカやオランダなどの技術を取り入れていく必要があるだろう。その実例として2022年、河合塾グループの株式会社KEIアドバンスは、シンガポールのエドテック企業 ClassDo社と共同開発を開始した。河合塾グループでAIを活用した教育モデルを開発しており、学習者と指導者の組合せを最適化するアルゴリズム・AI等、最先端の研究開発を行っている。ClassDo社は、学習者主体の参加型授業を実現できるオンラインクラスルーム「ClassDo」を開発・提供しており、従来型の教師主導の一方的な授業から学習者主体の参加型授業にスムーズに転換できる優れたプラットフォームである。両社が培ってきたこれらの技術やノウハウを掛け合わせ、「参加型学習」と「学習者一人ひとりに個別最適化された教育機会の提供」を実現すべく、共同開発の開始に至った。

 ICT化は世界基準で必要とされており、特に教育のICT化は現在の日本にはより強く求められている。そのためには他国のアイデアや技術を積極的に取り入れ、そうすることにより学習者、教育者の双方にとって、より良い環境や学習の機会が提供できるだろう。

 

(2024年7月)

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