脱原発後のドイツにおけるエネルギー供給の現状と課題
ドイツが脱原発を完了
2023年4月15日において、ドイツでは国内に残っていた最後の原発3基が稼働を停止した。これによって、ドイツには「脱原発」が実現した。ドイツ南部に存在するネッカーウェストハイム原発の近くでは、「脱原発」を求めていた市民団体が集会を開き、およそ500人が集まった。集会の参加者たちは一様に、脱原発が達成されたことへの喜びを分かち合った。
脱原発までの軌跡
ドイツでは1961年に原発による発電が始まった。しかし、1970年代になると、原子力の利用に反対する市民運動が活発化した。この市民運動によって、環境政策を重視する緑の党が誕生する。緑の党は、1988年に発足したシュレーダー政権に連立与党として参加した。この政権のもと、2020年ころまでに国内の原発をすべて停止するという法律が作られた。その後、2005年にアンゲラ・メルケル氏がドイツ首相として着任する。当初、メルケル氏は原発の利用に前向きであった。だが、2011年に発生した福島第一原発事故によって、メルケル氏の原発に対する姿勢は転換し、ドイツ国内に17基存在する原発を2022年末までにすべて停止する「脱原発」の判断を下した。2022年にはロシアによるウクライナ侵攻の影響で、同年には完全停止予定であった原発の稼働を2023年4月15日まで延期させるという措置が取られた。その後は予定通り、2023年4月15日をもって脱原発が完全に実現されるに至った。
ドイツのエネルギー政策
脱原発を達成したドイツでは、今後どのようなエネルギー政策を検討しているのだろうか。「再生可能エネルギー法」(以下:EEG2023)によると、2035年には国内の電力供給の大半を再生可能エネルギーによって賄う方針だ。より具体的には、2030年には総電力消費量に占める再生可能エネルギーの発電電力量の割合を80%にする。また、これらの目標設定に伴い、再生可能エネルギーの拡大目標値が電源別に設定された。
以下、陸上風力発電の設備容量の増加目標、太陽光発電の設備容量の増加目標、洋上風力とバイオマスの設備容量目標についてまとめる。
まずは陸上風力発電の設備容量目標である。2020年におけるドイツ国内の陸上風力発電の設備容量は54.4GWであった。2024年に67GW、2026年に79GW、2028年に94GW、2030年に110GW、2035年に152GW、2040年に160GWを目標値とすることがEEG2023の4条1項で明らかにされている(図を参照)。
次に太陽光発電の設備容量目標だ。2020年におけるドイツの太陽光発電の設備容量は53.7GWであった。2040年には363GWとするのが、EEG2023の4条3項で定められている目標だ。
最後に洋上風力とバイオマスの設備容量目標だ。洋上風力の2020年における設備容量は7.8GWであった。現政権の連立協定や連邦経済・気象保護省の発表によると、2023年の目標値は30GWとなっている。その後は、2035年までに40GW、2045年までに少なくとも70GWという目標が設定されている。一方、バイオマスに関しては、年次別の具体的な目標値は記載されていない。しかし、2030年度までに8.4GWが目標値として設定されている。
ドイツにおける陸上風力発電の現状と課
ここからは、ドイツにおける陸上風力発電について述べたい。これまで、脱原発を掲げたドイツは、陸上風力発電の設置に力を入れてきた。しかし、設置は思うように進んでいない。その理由の一つは風車による近隣住民への健康被害にある。風車のタワー先端には発電機や増速機で構成されたナセルと呼ばれる部品が付いている。このナセルは風車のブレードとつながっている。風を受けてブレードが回転すると、その動きがナセルに伝って電気が起こるという仕組みだ。このとき、回転するブレードからは超低周波音や低周波音が発生している。この超低周波音・低周波音が人体に対して健康被害をもたらすのである。具体的な健康被害としては、血圧や心拍数などの変化、集中力の欠如、めまい、倦怠感、睡眠障害、鼓膜の圧迫感などである。加えて、超低周波音・低周波音は波長が長いため、数キロメートル離れた場所であっても波長を確認できる。そのため、広範囲に渡って健康被害が生じる可能性が指摘されている。これらが、脱原発を掲げたドイツにおいて陸上風力発電の設置が思うように進んでいない理由の一つなのだ。
日本における陸上風力発電の健康被害
陸上浮力発電の超低周波音・低周波音が引き起こす健康被害は、日本でも確認されている。例えば、2007年1月には、愛知県豊橋市と田原市で各一基の風力発電が稼働を開始した。その後、豊橋市で26名の住民が、田原市で2名の住民が、それぞれ体調不良を訴え、行政が乗り出す事態となっている。他にも愛媛県伊方町、静岡県賀茂郡東伊豆町、三重県青山高原、和歌山県海南市、兵庫県南あわじ市などの地域で陸上風力発電の超低周波音・低周波音による健康被害が問題となった。陸上風力発電がもたらす健康被害は、ドイツだけでなく日本にとっても課題となっているのである。
超低周波音・低周波音を発生させるブレードの改良が課題
それでは、陸上風力発電の超低周波音・低周波音による健康被害を抑制するにはどうすればよいのだろうか。前述したように、風車のブレードが回転した際に超低周波音・低周波音が発生する。つまり、超低周波音・低周波音の原因はブレードにあるのだ。そのため、陸上風力発電の超低周波音・低周波音の健康被害を抑止するには、ブレードの改良が必要だ。すでに、ブレードの改良に動いている国もある。例えば、「ボルテックス・ブレードレス」と呼ばれる風力発電システムがスペインで開発された。このシステムは円筒状の見た目をしており、ブレードレスの名前が示す通りブレードが付いていない。垂直に設置された円筒が風を受けると振動し、コイルと磁石によって構成された発電機を介して電気を生成する仕組みとなっている。加えて、消耗部品がなく、部品点数も少ないためメンテナンスも容易だ。さらに、ボルテックス・ブレードレスの重量は約15㎏であり、100W/hの発電が可能となっている。
風力発電機からの発生音の低減に関しては、各風力発電機メーカーが様々な取り組みを行っているが、特に稼働中の既設風力発電機に対する有効な解決策が見出されていないという課題がある。
今後、再生可能エネルギーの普及が進むと見込まれており、その中で風力発電に関しても発電量の増加が求められている。風力発電の発電量の安定化、発電効率の向上・低コスト化に加えて、風力発電機からの発生音の低減に向けた開発が必要である。
(2023年10月)
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