道の真ん中に落とし穴!?アメリカが抱える深刻なインフラ問題
意外と危険なアメリカの道路
広大な国土を持つアメリカで最もポピュラーな交通手段といえば車である。カルフォルニアやニューヨークなどの都市圏では電車や地下鉄などの交通網が発達している場合もあるが、郊外での移動はほぼすべて車と言っても過言ではない。通勤、通学、買い物などの日常生活からスポーツ観戦やハイキングなどのレジャーまで、とにかくアメリカは車社会なのだ。
そんな車社会のアメリカだが、近年その道路事情が問題となっている。筆者がミネソタ州に居住していた際、道路に小さなものから、直径10cmを超えるようなものまで大小さまざまな穴が数百メートルおきに点在していることに気が付いた。アメリカ自動車協会によると、英語でPotholeと呼ばれるこの穴による経済損失は一年あたり30億ドルにも上るという。また筆者の友人の体験として、バイクの運転中potholeに気付かず、事故を起こした例もある。事実pothole.infoでは年間1万件以上の事故がこの穴に何らかの関りがあるとしている。
アメリカのインフラ問題は道路だけではない。橋もまた潜在的なリスクとなっている。米国土木学会によると、アメリカ全土の橋の実に40%が建設から50年以上であり、また全体の約9%の橋が構造的な欠陥を抱えているとしている。2019年にはフロリダ州マイアミの中心部で歩道橋の崩落が起こり、6名が犠牲となるという痛ましい事故もおきている。事故調査委員会では構造的な欠陥が崩壊の主な原因との結論を出したが、ニューヨークタイムズ紙では検査体制などの不備も指摘されている。
アメリカの道路インフラの課題
上記以外にもアメリカのインフラ事情で筆者が気付いた点がいくつかある。1つ目は排水性が非常に悪いということだ。日本でも雨が強く降った時などに水溜りを見かけるが、筆者が在住していたミネソタ州では、雨の他に雪解け水などで道に幅1メートルほどの小川のようなものがしばしば出現していた。排水性の悪さが事故につながる可能性が高まり、また寒冷地域では道路の亀裂などに入った水が寒さにより収縮と膨張を繰り返し、前述のpotholeが発生する一因となっている。
2つ目の問題は都市部や近郊での渋滞だ。シアトル近郊に在住していた際、通常1時間弱の行程が渋滞により数時間かかったこともある。特に都市部での渋滞問題は深刻で、全米土木協会の報告によると、1年間で渋滞による損失は国全体で1600億ドルに上り、さらにドライバー1人当たり年間42時間もの時間損失がある。アメリカのインフラ問題は生命だけではなく、経済や環境にも影響を及ぼしている。
米国政府の対策と日本企業の成功例
このような状況の改善が急務となっているインフラ問題を受け、アメリカ政府も対策に乗り出している。アメリカ政府は2012年にMAP-21と呼ばれる法律を制定し、インフラの新設、維持に必要な財源を一定量確保するとともに、州政府や地方自治体に対して道路や橋などの点検評価を実施し、それに基づく維持計画を立案することを義務付けた。また、トランプ大統領は就任演説の中でインフラ整備について言及し、新たな道路や橋などの建設を進めることで、状況の改善を図ろうとしている。その一方で、広大なアメリカのインフラ整備には巨額の費用がかかることが予想され、CNNによると全米の高速道路や橋の修繕に今後10年間で4.6兆ドルもの費用が必要になると予想している。しかし全米土木協会によると、今のところインフラ整備への投資は必要量の約半分に留まっているのが現状だ。アメリカ議会予算局が公表している高速道路や橋などへの公共投資額は、1950年代から2000年代初頭まで増加傾向が続いていたが、2002年の約200億ドルをピークにやや減少しており、2017年は約180億ドルとなっている。また、GDP比で比較した場合、50年以上継続して減少しており、2017年にはピーク時と比較して半減のGDP比約0.9%となっている。
このように予算が限られる中で、低コストで高効率の製品・技術が求められている。日本企業のアメリカでの保守点検業務への参入成功例として西日本高速道路(NEXCO西日本)があげられる。同社はアメリカに赤外線を活用した点検技術がないことを知り、2011年にNEXCO-West USA, Inc.を設立した。同社の赤外線検査は、車載赤外線カメラを使用している為、走行しながら点検できることから交通規制をせず、安全に短時間・低コストで目視では困難な高精度の検査を可能にしている。しかし、アメリカでは公共インフラの建設・維持管理を受注する際に、プロフェッショナルエンジニア(PE)と呼ばれる専門家による安全性の認可を受けたうえで、州ごとに価格や実績などを総合的に評価されることが必要となる。そのため、設立当初は米国内での実績の無さから受注が出来ず、無償で検査を行い、精度の高さや価格をアピールし、徐々に信頼を勝ち取ってきたという。その後は構造物非破壊点検、情報収集提供・研修支援および技術コンサルティングを三本柱として事業を展開し、現在は橋梁の非破壊検査などで東海岸を中心に20件以上の実績を積み重ねている。
日本とアメリカのインフラ事情では規模や気候などの違いがあるが、日々の保守点検に加えて、老朽化や問題があった際に適時補修、修繕が必要という点では同じである。そのための費用を急激に増やすというのは難しいと思われるなかで、効率的で正確な保守点検業務や、長期間の使用に耐えうるインフラ素材や、安全性・環境性に優れた高機能素材の需要が日米双方で高まっていくことが予想される。新興国での新規インフラ需要だけではなく、先進国での保守点検業務でも日本企業の強みを活かしたビジネスを展開できるのではないだろうか。
(2020年5月)
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